#001



 忘れないうちに旅行記をまとめておこうと思ったんだけど、私は原稿用紙の前で固まったままでいる。
 今度の旅を思い起こしているうち、自分がどこからどこまでを旅だと思って旅してたかがわからなくなってしまったからだ。
 なので私は答えを先延ばしにして、もう少し旅を続けることにする。
 原稿用紙はとりあえず放っておこう。今度帰ってきたら、さらっと書ければいいなと思う。あ、風が吹いて原稿用紙が全部飛んじゃっててもおもしろいな。
 まあいいか、どちらにせよ、今また私は旅に出るのだ。





【壱】

 なにかをつくっていくことは
 底なしのからっぽのじぶんのなかに
 それらを放りこんでいくこと





【ビッグロボ 第2話「ロボ、応えず」】

「いでよ! ビッグロボ!」
 ……しーん。
「どうしたビッグロボ、昨日みたいに出てきてくれよ! やつらをやっつけてくれ!」
 ……。
「ロボ……頼むよ、一緒に正義を守ろうって誓ったじゃないか……」
「ちょっと待った正一くん! きみは重大な失敗を犯しているぞ!」
「あっ博士! それはいったい?」
「昨日きみはビッグロボを呼び出し、そして敵を倒したね」
「はい。完膚なきまでに」
「その後、ちゃんとロボを片付けたかね?」
「えっ」
「いでよビッグロボ、の後に、きちんとロボを基地に戻したかね。ハウス、ビッグロボ、ハウス!」
「えーそんなの聞いてないっすよ!」
「バカモン、携帯だって使ったら充電するだろうに!」
「け、携帯……」
「あーあ。充電を怠って地球を滅亡の危機にさらす正一くん」
「そんな、僕のせいなんですか!」
「『ショウイチ クン オナカ ガ スイタ……ヨ……』あ、ロボの心の声な」
「うわああああ! アホー、博士のアホー! ロボー、ビッグロボー!」





「も、本八幡くん……なにしてるの」
「うわ、わ、北高橋さん! ち、違うんだこれは!」
「いま絶対、私のたてぶえ舐めてたよね?」
「誤解だよ! これは……これはそう、ワン・オブ・サウザンドなんだよ」
「ワンオブ?」
「うん。工場なんかで安価に大量生産されるたてぶえだけど、ごくまれに、どんな練達の職人の手による銘品よりも素晴らしい音を奏でるものが現れるんだ」
「それが私のたてぶえなの?」
「うん、そう。ひと目見てわかった。間違いないよ」
「……なら、吹いてみてよ」
「え?」
「その素晴らしい音色とやらを聴かせてもらおうじゃない」
「う、うう」
「さあ、ほら!」
「わ、わかったよ……」

ヒョルロピ〜

「! うそっ、私のたてぶえってこんな音が出たの?! 本八幡くん、キミほんとに……」
「(す、すごいぞ。吹ける。どんどん吹ける。この笛ならば! これはきっと愛の力だよ、北高橋さん!)」
「キミほんとにただの変態じゃないんだね!」


「――これが、そのときのたてぶえです。北高橋さんから譲り受けました」
「なるほど、それが世界的たてぶエスト、本八幡修一の誕生のきっかけとなったわけですね」
「ええ。でも結局、僕は北高橋さんというワン・オブ・サウザンドは手に入れられなかったんです。ハハハ、お笑いぐさですね」
「そりゃ当然だわな」





 世界が遠く 感じられても 大丈夫
 きみの身体は ぜんぶ世界で できている





【教訓めいた話】

「どれ、ひとつ、村に伝わる昔話をしてやろう」
 僕の十二歳の誕生日に、じいちゃんはそう言って煙草をくゆらせた。
「伝説と呼ぶほど大昔のことではないな、ワシのひいじいさんが若かったころの出来事じゃ」
 それがどれほどの昔なのかすぐにはわからなかったので、僕はとりあえず「うん」と頷いておいた。
「村の近くのチチュバムー湖、あそこからな、それはそれは恐ろしい怪物が現れおったんじゃ」
「怪物?!
 僕は思わず身を乗り出した。じいちゃんの話にしてはおもしろそう。
「ウム。怪物じゃ。バムーと名づけられたその怪物は、この村を好き放題荒らしまわった。歯向かおうにも何せ奴は強い。この世のものと思えぬ異形の身体に、この世ならぬ怪力を秘め、この世の常識では太刀打ちできぬ魔術まで使ったそうじゃ」
「ずいぶんこの世ならない怪物だったんだね」
「ウム」
 じいちゃんの話はちょっとくどい。自分じゃ気がついてないみたいだけど。
「しかし。ひいじいさんたち村人も黙ってやられてはおらんかった。村の賢者様が必勝の策を練った」
「ケンジャさまって頭よかったの?」
「もちろんじゃ。軍事から家事まで、あらゆることに精通しておられた。その賢者様の策に従い、村人は一丸となって戦った――」
 「――くらえ、バムー!」
 村人Aがバムーに火薬玉を投げつけた。
 無論、こんなものではバムーに傷ひとつ負わせられない。だがバムーは怒り狂い、我を忘れて村人Aを追いかけた。逃げる村人Aだったが、そう見せながらも、実はバムーを村外れまで誘導していたのだ。そこには村人Bが率いる機甲部隊が待機する。
 村人Bはバムーを十分にひきつけてから、20輌からなる戦車部隊の砲撃を一斉に浴びせた。
 「ファイエル!」(号令)
 狙いたがわず、全ての砲弾がバムーに直撃した。さしものバムーもこれではたまらん。形勢は一気に逆転した。
 瀕死のバムーに歩み寄る村人B。強弓に火矢をつがえた。一歩、また一歩と近づく。
 しかしバムーもまた只者ではない。村人Bと刺し違える覚悟で、最後の力をその拳に溜め込んでいた。ただ一度きりのチャンスを狙っていたのだ。
「さあ、去ねい! バムー!」
 矢が放たれんとした、まさにその瞬間。
 これまでで最高の一撃だった。
 轟、と凄まじい速度を持ったバムー渾身の拳が村人Bを確実に捉えた。
 もらった! 粉微塵だ! バムーは確信した。
 が、しかし。村人Bの姿は霞のように消え去る。
 そう、これは。
 「残像拳だと!!
 驚愕するバムー。
 「惜しかったな」
 ニヤリと笑う村人B。
 「バムー! 後ろだーっ!」
 次の瞬間、村人Bの火矢が振り返ったバムーの目に突き刺さった――
「――勝負はそれで決したのじゃ」
「最後に『バムー、後ろだ!』って言ったの誰?」
 じいちゃんは僕の呟きを右から左へ流すと、煙草の火を消して言った。
「まあ、力を合わせて戦ったご先祖たちのおかげで、今のワシらがおるわけじゃな」
 それはつまり、
「みんなで頑張ることは素晴らしいとか、そういうことかあ」
 なあんだ、あんまりおもしろくない話だったな。結局バムーだって本当にいたかどうかわからないし。
 だけどじいちゃんは、まだ話は終わっておらんぞ、とちょっと顔をしかめた。
「えっ?」
「この話はまだ終わらんのじゃ。協力して勝利を得たご先祖たちだったが、その後すぐにひどい内輪もめを起こしてしまった」
「どうして」
「それはな……」じいちゃんは二本目の煙草に火をつけた。「おいしかったからじゃ。うん、あまりにも旨すぎた」
「う、うま?」
 ありゃ、急に話がみえなくなった。
「ウム。旨かったんじゃ。村人たちはバムーを食べてみたんじゃな」
 え、ええー! ちょっ、まっ。
「バムーのお肉は、この世のものとは思えんほど美味じゃった」
「ま、まってよじいちゃん、なんでバムー食べちゃうの」
「ウム、賢者様がな、村人のタンパク質摂取不足解消のためじゃと」
「モグリ! 賢者、ぜったいモグリ!」
「馬鹿を言うな。賢者様には深いお考えがあったのじゃろう。まあとにかくバムーの肉は戦勝に沸く村人たちに振舞われた」
 僕はそんな連中の子孫なのか……。急に身体から力が抜けていくのを感じた。
「はじめは皆、仲良く食べておったそうじゃ。しかし、そのうち……」
「あまりのおいしさに奪い合いになっちゃったんでしょ」
 僕はなんだかもう投げやりだった。
「いや、」違うんじゃな、とじいちゃんはどこか遠い目をして言った。
「醤油味か塩味か、味付けで大いにもめた」
「どうでもいい! それほんとにどうでもいいよ!」
「どうでもいいことあるか! 怪我人が出るほどの争いだったんじゃぞ!」
 なんか、ものすごい怒られた。
「バムーの肉は、ただそれだけでも十分すぎるほど旨かったが、塩、醤油、それぞれで味付けしたものもまた言葉にならんほどじゃった」
 し、しらないよ。そんなの。
「限りあるバムーの肉をどちらの味にするのか。村人たちは、村が始まって以来の問題にぶち当たってしまった」
「バムーより、バムーの肉……」
「ちなみにひいじいさんは塩派だったそうじゃ。それ以来、我が家系は代々、おまえも知っておるとおり、塩メインじゃ」
「うう……そんな理由だったのか」
「さて、いつまでも続くと思われた内乱じゃったが、ここでも賢者様の知恵が村を救った」
「また賢者出てきた」
「賢者様は言った。『タンは塩。カルビは醤油』」
 僕はうつむくしかなくて、もう言葉も出なかった。
「村人がそれに従い味付けをしてみると、これがまたよく合う。途端に皆の顔に笑みが浮かぶ。平和が戻ったんじゃ。ご先祖は学んだんじゃ。タンは塩。カルビは醤油じゃと」
 じいちゃんは、ふっ、と微笑んだ。この上なく優しげな表情を僕に向ける。僕は……どんな顔をすればいいってのさ。
「そして今ではカルビを塩味で食べる自由闊達さも生まれておる。いい世の中じゃな」
「そうだね。ほんと、そう」
「おお、そうそう」
 じいちゃんは何かを思い出したようだ。
「成人式ではな、そのバムーの肉が振舞われる。無論、その時の残りの干し肉じゃがな」
「えっ。そうなの?」
「ウム。ワシも、おまえの親父も母さんも食べたぞ。古い干し肉とはいえバムーはバムーじゃ。一生忘れられん味じゃて」
 散々呆れておきながらなんだけど、僕は思わずつばを飲み込んでしまった。

 そしてその夜。
 村では十二歳を迎えた男女は大人として扱われる。今日で僕も十二歳。僕は、じいちゃんの言っていたとおり、通過儀礼としてバムーの干し肉をひとかけら口にすることになった。
 ……なんだこれ。なんだこれは。こんなの想像できるわけないじゃないか。これが肉なのか。じゃあ今まで僕が食べてきたのはなんだったのか!
 怖いぐらいおいしかった。鳥肌がたった。涙があふれた。身体が打ち震えた。
 それも大人になった喜び、とかなんとか、媒酌人を務めるじいちゃんが言っている気がしたが、バムーの味だけで頭がいっぱいいっぱいだよ。
「ちなみにそのバムーなんじゃが」
 うまい、うまい、うまい。うん、その、おいしいバムーが。
「今際の際に言い残したんじゃそうな。『我は百年の後に蘇る。必ず復讐する』と。そして今年がその百年目にあたる」
 了解。タンは塩、カルビは醤油。塩、塩、醤油。醤油。





 おまえって悩みなさそうな顔してるよな、ってよく言われるんだけど、そんなことはない。今だって、鏡に映った自分はこんなに難しい顔をしている。僕だって人並みに悩みを抱えてるんだ。
「……ひろし」
「わあ! おどかさないでよ父さん。気配を消して背後に立たないでっていつも言ってるだろ」
「……ひろし。お前のもみあげはどうしてそんなに伸びるのが早いのだろうな」
「と、父さん。気付いてたのか」
「……無論だ。毎日鏡を見て溜息ついてるものな。だがひろし、その悩みは人に話せば笑い話だ。悩みというのは結局自分にしかわからないものなのだ」
「そう、なのかな。みんなそれぞれ悩んでるのに、結局ひとりひとりで悩んでいくしかないの? 新庄くんなんて、こないだ、生まれてからずっと一緒にいた犬が死んじゃってぜんぜん元気ないんだ。僕もその気持ちはわかる気がするよ」
「……それは悩みというより悲しみだな。そして悲しみにもいつか区切りがつく。どんなかたちであれケリがついたものは、それは悩みではないと思うぞ。具体的に形になっているから他人にも理解しやすい」
「悲しみと悩みは違うものなの? よくわかんないや。あーあ、僕のもみあげにも、いつかケリがつくのかなあ……」
「……どうなのだろうなあ(笑)」
「いま笑わなかった? 父さん。ちぇっ、まあいいや。ねえ、父さんにも、そういう『悩み』ってあるの?」
「……あるとも。私はあまりに存在感が無いものだから、昨日も会社の入り口の自動ドアが開かずに1日締め出されてしまった。さすがに泣けてきたよ」
「プフーッ!」





「……sigh」
「どうしたの、ため息なんて。あとため息は『……サイ』って実際に口に出して言わないと思う」
「いや、どうすれば世界中の女の子が俺のことを嫌いになってくれるのかな、ってさ」
「世……え? ちょっとまって。ばか?」
「なんで?」
「それはあなたが心配するようなことではない」
「どうしてだよ!? 俺にこれ以上愛という名の罪を重ねろっていうのか。ジ、冗談じゃあない!」
「あれ、わたし怒られてる?」
「今この瞬間にも、俺のせいで苦しい想いをしている人が増えているのだ」
「だんだん本気で腹が立ってきた」
「世界中の女の子一人一人を説得して回るには人生は短すぎる。そうだ、本でも書こうかな。一人でも多くの子に本当の俺を知ってもらえればあるいは……。い、いやだめだ! 本当の俺を知ってしまったらそれこそ大変なことに」
「自己偏愛もいい加減にしてよ。目の前の女の子ひとり幸せにできないくせして!」
「えっ。それって?」
「……(コクリ)」
<結婚>





時はまさに21世紀。我々が子供のころ夢に描いた、エアカー、ロボット、光線銃、あとなんかチューブの中を走る超速い乗り物とかの時代である。しかし、これら文明の光が地球上を覆い尽くさんとするこの時代にあってなお、私たちの心は神秘を求める。そう、世界にはまだ、これまで我々が征服してきた未知、その遥か幾万倍もの謎が立ちはだかっているのだ……。

とか、そういう能書きは特に関係なく、

□  □  □

タニシ 「というわけで、21世紀最初の年もそろそろ終わろうとしてるけども」
ジャンジャック 「時はマサに世紀末」
タニシ 「ちょっと黙っといて」
マイ 「んー、なんかあんまり21世紀っぽい感じはしなかったね」
タニシ 「ペプシの宇宙旅行もほんとは今年じゃなかったっけ?」
マイ 「……あったね、そんなの」
ジャンジャック 「ちょっといいでスか」
マイ 「なに?」
ジャンジャック 「私の国は20世紀の終わりごろまでその存在が知られていまセんで、世界地図にも載っていなかったのでスが、」
マイ 「うわ、神秘だ」
タニシ 「どこだよそれ」
ジャンジャック 「外文明と交流を始めて、まず驚いたことがありマす」
マイ 「コンピュータとか?」
タニシ 「いや、地球が丸かったことだろ?」
ジャンジャック 「いえ、“ウォシュレット”でス」
マイ 「うぉ?!」
タニシ 「シュ?!」
ジャンジャック 「まさかおシリを超高圧の水ジェットで……。驚きまシた」
タニシ 「いや、そんな極端な高圧でもないだろ」
マイ 「タニシ、ツッコミどころはそこでいいの……?」
ジャンジャック 「その後、ワガ国にも電気やコンピュータの存在が知らしめられタのでスが」
マイ 「ウォシュレットだって電気もコンピュータも使ってるんだけどね」
ジャンジャック 「国民はウォシュレットに触れたときほどの衝撃は受けませんでシた」
タニシ 「ファーストインプレッションって大事だなあ」
ジャンジャック 「そこで私は気付いたのでス」
マイ 「ホウ?」
タニシ 「ホウ?」
ジャンジャック 「ヒトに本当に必要なモノはそれほど多くはナイ……」
マイ 「……ウォシュレットがまさにそれだと」
ジャンジャック 「そうして私は、ウォシュレットを作り出した文明とはいかなるモノなのか確かめるべく、国費留学生とシて日本にやってきまシた」
タニシ 「なんだか人としてすごく大事な話を聞いた気もするんだけど」
マイ 「いや、あたしにはわかるな」
タニシ 「ちょっ、マイ?」
マイ 「あたしたち、およそくだらないものばっかり作ってるじゃない?」
タニシ 「うん、まあ、そりゃまあ」
マイ 「でも、たまに喜んでもらえるものが作れれば嬉しいし」
タニシ 「それはもう」
マイ 「つまりそういうことよ」
タニシ 「いや、全然わかんないんですけど」
ジャンジャック 「タニシさん。マイさんが言いたいのはデスね、例えるならばウォシュレットで洗えるのはシリだけではない、という」
マイ 「違う、たぶんそれ違う」
タニシ 「……本当に必要なもの、か」
ジャンジャック 「タニシさん、いきなり遠い目をシて」
タニシ 「俺、自分に何が必要なのかもまだよくわかんないし、そんな自分が人に必要とされるもの作れるのかなんてわかんないけどさ、」
ジャンジャック 「……」
マイ 「……」
タニシ 「まあいいや、たぶん作ってくしかないのかもしれないし。21世紀とかそういうの関係なしに」
ジャンジャック 「自分の欲望に忠実なのでスね。ケダモノのように。そう、ケダモノのヨウに!!!」
マイ 「ちょっ、あんまり興奮しないでよ。ってなにハァハァ言ってんのよ!」
タニシ 「あー、来年は働かないで暮らせるようになればいいな」
ジャンジャック 「忠実でスね」
マイ 「駄目人間じゃん」
タニシ 「いや、努力します」
マイ 「駄目人間になる努力してどうすんのよ」
タニシ 「違うよ! プラス志向の努力だよ」
マイ 「ふーん……どうだか。ま、あたしも頑張ろっと」
ジャンジャック 「フフ…皆様にも見つかるといいデスね……。あなたの心の中のウォシュレット」
タニシ 「微妙だな」
マイ 「微妙だなあ」
ジャンジャック 「ところでメーカーのウォシュレット開発秘話というのが、これが泣けてデスね」
マイ 「ま、そんな感じで来年もよろしく」
タニシ 「よろしく」
ジャンジャック 「ヨロシクお願いシマ。ちょっとトイレ行ってきます」





 故郷を離れて十年にもなるだろうか
 僕はまだ 旅を続けている

 変わり映えしない毎日から  飛び出したくて 始まった旅だった
 今日と違う明日を探せる生活を夢みて

 あの娘はどうしているだろう
 幸せに暮らせているだろうか

 僕を理解してくれる
 村でただひとりの仲間だった
 だが 夢を共にすることはできなかった
 彼女は僕以上にいろいろなものに
 縛られていたから

 でも 僕が彼女の幸せを気づかう資格があるのか
 僕は逃げ出したんだ
 あそこに僕を繋ぎとめていたものすべてから
 許婚という絆をも 縛りと感じて

 故郷から数千公里
 来た道を辿れば僕は帰れるが
 僕の知る君はもういないだろう

 君は十年という時間を旅した
 僕の知りえない十年間
 辿ることのできない距離

 思えば
 故郷の日々をなぜあれほど憎んだのだろう
 あの村の者たちは皆
 遥遠なる旅の途中だったのに
 何よりも遠くへ
 時の向こうへ

 僕は独り
 この足で歩き続ける
 広すぎる世界を

 君は時を渡れ
 僕は大地を渡る



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