#005



「昔々のことだった。なんでも貫く無敵の矛を持った少女と、決して貫かれることのない最強の盾を持った少年がいた。出会った二人は、それぞれが手にする武具の性質から度々ケンカもしたけれど、やがてお互いの本当の気持ちに気づき、恋に落ちた。このことから、」
「え、ちょっと待って。矛盾ってそんな話だったっけ」
「恋は理屈じゃ割り切れない、って話さ。僕らもどう?」
「どうもこうもあるか」





「あーあ。この仕事は気が重いや」
「そんな時にぴったりの言葉があるだろ。案ずるより産むが易し」
「ああ、そうだな……。だけどなかなか結果自体も産まれてくれなくて胃が痛いよ」
「そんな時にはこの言葉だ。産みの苦しみ」
「まあ、そうだけど。言葉はいいから、とっとと仕事片付けちゃおうよ……」
「言うは易し、行うは難し」
「いや、だからお前のことだよ!」





「さあ、おみやげをどうぞ。大きいつづらと小さいつづら、どちらがいいですか?」
「いえ、マイつづらを持っておりますので。中身だけ適当なとこもらって帰っていいですか?」
「エコめ……」





【ビッグロボFX 第3話『奪われたFX』】

「フハハハ! 正一くん、ロボのFXコントローラはいただいたぞ!」
「あっ、お前はゲリラ・サスペンス! おのれ!」
「コントローラさえあればロボは私のものだ! 世界を混乱と破壊の渦に巻き込んでやるぞ! そら行け、ロボFX! まずは正一を踏み潰してやれい。フーハハハハハ!」
「うわっ危ない! ヤツめ、僕を踏み潰す気だぞ」
「どうした正一くん!」
「あっ。博士! すいません、コントローラを奪われました」
「ウム、君の責任だな。10:0で」
「えっ……フォローとか無しなんですか」
「ああ。そんなことより正一くん、こんなこともあろうかと私はロボに新たな機構を組み込んでおいたのだ」
「本当ですか! それは一体」
「普段、ロボはコントローラにより動きを制御される。しかしこの方法だと、正一くんがドジ踏んでコントローラ奪われた時に大惨事が起こってしまう」
「クッ……まあ」
「そこで私は緊急時に逆の方法を取れるようにしておいた!」
「逆?!
「フフッ。選択肢は多いに越したことはないな。さあ正一くん、ロボを使ってコントローラを操るんだ!」
「ど、どうやって?」
「……どうやって?」
「……」
「……どう、って」
「…………博士」
「……どっ。どうもこうもあるか、この半ズボン!」
「だよなあ。逆ギレしか選択肢ないよなあ」
「ちきしょう、バーカ、バーカ! ロボもゲリラもおならプーだ!」
「うわっ、みっともなっ!」





【ビッグロボFX 第6話『FX対ブラックFX』】

「ククク……どうした正一少年、ビッグロボの力はその程度かね」
「くそう、びくともしない。なんてパワーだブラック! 火花教授め、いつの間にあんなものを」
「おっ。すまん正一くん、トイレに行っていて遅れた!」
「またですか博士! どうしてあなたはいつもそう」
「いや、力が入るとつい、ね。そんなことより正一くん、今こそ新装備の力を見せる時だぞ!」
「なんですって、いつのまにそんなものを」
「昨夜正一くんが寝ている間に、こっそりとね」
「そんなクリスマスプレゼントみたいなびっくり強化は嫌だなあ」
「なにを言うんだね、これでビッグロボFXは従来のスピードとパワー、タフネスさに加え、衣食住においても完全な存在となったのだよ」
「衣食住って……またどんな余計なことやったんですか博士!」
「だまれ正一くん。さあ出でませ、FXインナーズ!」
「あっロボの口が開いて梯子みたいなものが……。んっ、なにかが出て来るぞ? なんだ……っていうか、誰だ! 誰だあれ! 知らない人がロボの口からいっぱい出てきてる!」
「フフフ、ロボ内に食料や衣服無償提供の無料寄宿舎を設けたのだよ。ロボ同士の戦いが拮抗するとき、彼らが外に出て敵の操縦者をタコ殴りにしてくれるという寸法さ。共生というやつだな。ちなみにロボ内での彼らの衣食住は国防予算によって賄われる」
「それ共生ですか?! それ以前に博士、勝手にロボの中に変な人を住まわせないでください!」
「変なんかではないよ、ちゃんと入居条件をクリアしてだね」
「ククククク……それで勝ったつもりかね。浅はかなり正一少年」
「ちょっ、待って火花教授、これは僕のアイデアでは……」
「ククク。貴様らの考えなどお見通しよ。こんなこともあろうかと既に対抗手段は用意してあるのだ。出でよ、ブラックインナーズ!」
「なにっ。しまった正一くん、ブラックの中にも人が住んでいたのだ! くそう、なんということだ! 大乱闘だ!」
「しまったもなにも、やってられるかこんなの! アホ、博士も教授もアホー!」





 ハロウィン。
 ここ最近よく耳にするようになったハロウィンという行事ですが、しかし実際のところ、本邦においてはまだそれほど深く根付いていないイベントなのではないでしょうか。
 大多数の皆さんも、お化けや妖怪の扮装で近所を練り歩き息災を願う日、といった程度の認識しか持たれていないと思います。もしくは秋田地方の「なまはげ」と同じようなものとしての印象が強いかもしれません。
 筆者の田舎では、近所にアメリカンスクールがあったこともあり、以前から古式にのっとったハロウィンが行われています。
 地域によって若干の差はありますが、筆者の住むM市では10月29日を「迎えハロウィン」、11月1日を「送りハロウィン」とし、この都合4日間を指して「ハロウィン」と呼んでいます。
 また、よくハロウィンの際に見受けられる「ハロウィンのかぼちゃ」は、先祖の霊を乗せるための乗り物です。
 10月29日、中をくりぬいたかぼちゃに御先祖様を迎え入れます。30日はゆっくり休んでいただき、31日の夜、ハロウィンは最高潮のときを迎えます。御先祖様の乗ったかぼちゃを手にそれぞれの家の子供が集まり、地域を練り歩くのです。家では大人たちが粛々と子供たちを待っています。
「菓子をよこせ、さもなくばこのかぼちゃから呪いを解き放つぞ!」
 子供たちは家の扉を開け、楽しげに叫びます。この時ばかりは御先祖様も呪い扱いですが、つまりこれは、子供を大事にせねば先祖に祟られるぞ、という戒めなのです。
 そして楽しい夜も過ぎ、明けて11月1日。かぼちゃを焼き、御先祖様に天へ帰っていただきます。
 筆者も先程、皆と一緒にかぼちゃを焼いてきました。ハロウィンの後の皆の表情はどこか寂しげで、優しげです。毎年のこととはいえ、今年のハロウィンもこれで終りだと思うと、寂寥の感を禁じえません。同時に、この素晴らしい風習が永く続くことを願わずにはいられないのです。
 それでは皆様、また来年。ハッピー・ハロウィン。

(『ムサシノ文化探訪』 1985年11月号特集記事 「武蔵野のハロウイン」 より抜粋)





 そんなの砂漠に水を撒くようなものだ、と誰かが言った。
 わかっている。
 わかっている気になっている。
 いつしか撒くべき水が枯れた。砂漠は砂漠のまま。
 水はどこへ行った。
 僕は砂を掘った。掘り続けた。
 そんなの砂漠に穴を掘るようなものだ、誰かが言った。
 わかっている。
 わかっている気になっている。





「――えー、続いてのハガキはP.N.マー君のママさんから。『モっさん、シゲさん、こんにちわっ!』 はい、こんにちはー」
「こんにちは」
「この方は名古屋市千種区の女性ですね。『毎週おもしろおかしく聞いてます。笑いすぎていつもコーヒー吹いちゃって困ります』、だそうです。コーヒー飲まなれけばいいと思いますよー。ちなみにマー君のママさん、二児の母ですね」
「なんかドキドキするね」
「しないよ。やめてくださいよ。育児の疲れを癒すために聞いてくれてるんだから。えーと、気を取り直して。マー君のママさんの日常の疑問。『ずっと気になってたんですけど、よく苦肉の策って言うじゃないですか。苦肉ってどんな肉なんですか?』……ああ、言われてみれば確かに気になりますね」
「辞書見ればいいんじゃないの?」
「シゲさんは根っ子からコーナーを否定しないでください。さて、気になって夜も眠れないというマー君のママさんのために、その、苦肉をですね。実際に用意してきました。これです。ジャーン! これが苦肉のステーキです」
「見た目は普通の肉だね。牛肉……っぽいか? うまそう」
「そうなんですよ。ではさっそくシゲさんに試食してもらいましょう」
「えっ」
「食べてみてください」
「やだよ。苦いんだろ。だいたいこれ何の肉なんだ」
「わかりませんよ。それを確かめるために食べてみてください」
「待て、本当にわからないのか。そんなの食わせるのは番組的におかしいだろ」
「ゲテモノ食いでもやらないと番組の人気が……。苦肉の策です」
「うまいこと言ったつもりか」
「苦いです」
「ギリギリだなあ」
「ええ……。まあ、というわけで! マー君のママさんには、ちゃんとした牛豚合挽き肉を20グラム、お送りしますね! お便りありがとうございましたー」
「プライズが挽き肉というシステムが、どうもな」





 今、このバスの車内には25人が乗っている。
 次の停留所は緑ヶ丘団地前。ほとんど全員が降車するだろう。毎日、乗客の動向を見続けている俺が言うのだから間違いない。
《次は、緑ヶ丘団地前。緑ヶ丘団地前です》
 合図のアナウンスが聞こえた。
 さあ誰だ、今日は一体誰が降車ボタンを押すのだ!
 誰かが押すだろうと我関せずで座ったままの貴様か? それとも最後部に陣取るアンタ、押したがりの子供が押す寸前に横取りする気か?!
 ククク、せいぜいボタンを巡って踊るがいいさ。お前たちは押すしかないのだから。さもなくば、そのまま終点までまっしぐらだ。さあ俺に見せてくれ。貴様らの、醜い、鬼気迫る、しかし心に響く駆け引きを……!!

「ちょっと、またアンタか運転手!」
「いいかげんにしてちょうだい。いつもいつも気味が悪いこと言わないでよね!」

 なんだと……貴様ら。この車上で、俺に逆らうと言うのか。

「なに言ってるんだ、客に向かって!」
「いいから前向いて運転しろよ!」

 ホホウ……いい度胸だ。全員終点直行の刑!

「あっ、こいつ!」





【山の向こうに・1】

「本八幡くんの小学校の校庭にも、小さな土山があったでしょ?」
 西脇にそう問いかけられ、樹(いつき)は我に返ってビールのジョッキをテーブルに置いた。遠くに聞こえていた居酒屋の喧騒が、途端に身を取り巻いた。
「え? ごめん、なんだって?」
「……相変わらず人の話を聞かないやつだなあ。校庭の山の話よ。このへん出身だったら、大抵どこの小学校にもあったでしょ。校庭のすみっこに小さな山が」
 言いながらレモンサワーの大ジョッキをぐいっと空ける西脇。
 どうしてこんな話の流れになったのか、樹はさっぱり覚えていなかった。五年ぶりに偶然再会した大学のサークル仲間、西脇妙子と近場の飲み屋で乾杯。最初は「最近どう?」だとか「あいつ結婚したのよ」なんていう、あたりさわりのない話を交わしていたはずだ。
 西脇には悪いと思ったが、それらはたいして面白くないやりとりだった。もともと妄想癖の強い樹だったから、こんなときは人の話を半分に聞きながらぼんやりと自分の考えに浸ることが多いのだ。
 それがいつの間にか、校庭のすみっこの土山の話題になっている。生返事しかしていなかったことがバレてしまうので、とりあえず話をあわせることにした。
「山。山ねえ……、あったような……」
「その山よ。あれって、校庭を造成するときに出た残土を適当に盛って、子供の遊び場にしてるのよね」
 返答も待たずに、西脇は話を進める。なんだ結局、自分が喋りたいだけなんじゃないか。相変わらずなのはどっちだよ。樹はこっそりと思った。
「あのてっぺんに登ると、ずいぶん景色が違って見えたものよ。せいぜい小学生の身長と同じぐらいの高さしかなかったのにね、あんな山なんて」
 樹はぼんやり記憶を辿る。六年間もそこで過ごしたにも関わらず、小学校の記憶は自分でも驚くほど薄れていた。そもそも、思い返すこと自体なかった。引き出されない記憶は頭の奥底で錆付いたり、カビだらけになっているのかもしれない。
 小学校の校庭にあったもの。鉄棒、うんてい、ジャングルジム、最後まで正式名称のわからなかった“登り棒”、半分土に埋まってるタイヤ、水飲み場、花壇、そして……。 「ああ、言われてみれば確かにあった。俺、雨の日にそこから滑り落ちて足首捻挫したことあったんだ。で、それがなんだって?」
「……この前、野辺山部長に会ったんだけどね」
 西脇の話は奇妙な跳躍を見せた。肩透かしを食らったようにも思えたが、この展開は樹の興味をそそった。そのまま西脇の言葉を待つ。
「ほら、部長とその奥さんって、小学校時代からの幼なじみ同士でしょ。休みの日とか、たまに二人で小学校の校庭でのんびりすることもあったんだって。その、山に登ったりもして」
 うららかな休日の午後、小学校の校庭をぶらつくヒゲ面老け顔のごついおっさんと、娘にしか見えないような小さく可愛らしい女性。樹はその光景を想像してみたが、滑稽というよりもむしろ――
「このご時世だからなあ。大丈夫か、あんな取り合わせで。周囲に誤解されなきゃいいけど。ははは…………って、どうした? 暗い顔して」
「そこでね……見たんだって」
「は?」
 そこ、というのは土山のことだろう。
「……部長が、なにを見たって?」
 校庭の山と、山野辺部長の話はここで結びつくらしい。
 西脇は小さく頷き、明らかに声のトーンを落として、しかしはっきりと言った。
「そこに、あってはならないもの、よ」





いっぱいのものをつかみとろうと
おもいきり手をひろげたら
それは指のあいだから
ぜんぶ
こぼれおちてしまった





知らないこと > 知ろうとしないこと > 知りたいこと > 忘れていること > 考えなくなったこと > 覚えていること > 知っていること > 実感していること > 伝えたいこと > 伝えられること





 どうしてこんなことになってしまったのか、気がついたときには既に、出口のない洞窟に閉じ込められたような状況だった。
 ただ、出口はないかもしれないけれど、入口(もしくはそれに当たる手段)はおそらくあったに違いなく、そうでなければ僕はこんなところにはいない。だから入口からどうにか出てしまえば問題ないんじゃないかしらん。ブラックホールでもあるまいし。
 だけどひょっとしたら入口の外にはごっつい門番がいて、外に出ようとすると「ここは出口ではない」とかのたまって完璧に通せんぼするのかもしれない。いや、そんな完全な門番とはいえ、人間であれば必ず隙もあると思うのだが、ただでさえ完璧でない僕はそれ以上に隙だらけなので、門番はやはり僕にとって完璧と言えた。
 いや。実際は、そんな門番なんていないかもしれない。
 僕がよく行くスーパーには自動ドアが2つあって、それぞれ入口専用、出口専用となっている。出口専用の扉から入ろうがべつに犯罪になるわけでもないのだが、そうしたとき、まっとうに出口専用ドアから出て来た客とすれ違うと本当に嫌そうな顔をされる。たとえチラシの裏紙にいいかげんに書かれた「入口専用」「出口専用」の文字でも、はまるべき場所にはまれば絶大な効力を発揮するのだ。それを意識するかしないかはこちらの自由だが、意識した方が楽な場合が多いし、生きていれば、大抵は無意識に意識している。意識しないことができる人はすごく才能とか力のある人だと思う。ブラックホールからですら平気な顔をして出てこられそうだ。
 それにしても、どこだ。出口。出口。出口。ああくそっ。



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