#007



「いやあ、素晴らしい! あなたのは、100万人にひとりの手相ですよ」
 そう言われても、手相なんて100万人いたら100万通りあるじゃないか。一瞬でも喜んだ自分が馬鹿みたいだ。





【おめでとうございます】

「うわーっ! 独身狩りだーっ!」
「ぎゃー」
「助けてくれ、あと三年、いや十年以内には結婚するから……ぐわあー!」
 その日、街は大変なことになっていた。
 既婚帝國の巨大空中要塞が突如として上空に現れたのだ。要塞からは続々と武装夫婦が(ペアで)降下してくる。純白のパラシュートが青空に幾百も散りばめられた様は、さながら結婚式のライスシャワーだ。
 街の独身者は男女問わず逃げ惑う。捕まったが最後、要塞内のガラス張りの一室に閉じ込められ、既婚者たちの生活を見せつけられてしまうのだ。そうして捕らえられた独身者は今や数千万人にのぼるという。彼らの多くは憤死した。世界は既婚者のためのものだった。
「……くそっ、帝國の奴ら、好き勝手しやがって!」
 ごみごみとしたスラムの一角。狭い路地から空を見上げる少年たちがいた。家々に切り取られた狭い空には、白銀に輝く空中要塞が悠々と浮かんでいる。あれは結婚式場も兼ねているそうだ。ハート型をしているのも余計にむかつく。
「おいみんな、俺らは絶対結婚なんかしねえからな! わかったか!」
 ダストボックスの上に仁王立ちになった少年が、声を張りあげた。彼の周囲には同じ年頃の子供たちが数人集まっていたが、少年の呼びかけには誰も反応しなかった。
「……おい、わかったかって聞いてんだ!」
 うつむく仲間たちに向かって怒鳴る少年。するとようやく、おそるおそるといった感じで、仲間の一人が口を開いた。
「ボンちゃん、もうやめようよ、こういうの……」
 ボンちゃんと呼ばれたダストボックス上の少年は、「はぁ?」と小馬鹿にした表情を浮かべた。
「おいおい、なに言ってんだよ。俺らは絶対結婚しない同盟の――」
 ボンちゃんはしかし、自分に注がれる冷たい視線に気づいて言葉を飲み込んだ。今度は別の少年が追い討ちをかけた。
「ボンちゃんは結婚しないんじゃなくて、したくてもできないだけだろ」
「……ッッ」
 さらに少年たちは、口々に言い立てる。
「あと三年たてば僕らも結婚できる歳になるんだ。それまでにボンちゃん、相手をちゃんと見つけときなよ。生活設計とかもしてさ。うちの姉ちゃんもこのまえ結婚したけどさ、超しあわせそうだよ。いいことじゃん、結婚」
「……う、うう」
「今のとこ相手がいないのもボンちゃんだけじゃね?」
「……ううう、うるさいうるさい、うるさーい! そんなに結婚したいなら、てめえら全員結婚しちまえー!」
「あ、いいの?」
「りょうかーい」
「うん、そうする」
 ボンちゃんはがっくりと肩を落とした――そのとき。
「全員、動くな!!
 見事にユニゾンした男と女の声が、路地に響いた。
 驚いた少年たちが思わず振り向くと、真っ白な戦闘タキシードとドレスに身を包んだ武装夫婦が、二人で一丁の銃を仲良く構えていた。
 ボンちゃん以外の全員が両手を上げ、無抵抗の意思を示す。それを見た武装夫婦は表情を和らげた。
「なんだ子供か、ハニー」
「ええ子供ね、ダーリン」
 彼らはにこやかに、しかし隙を見せずに少年たちに歩み寄った。
「君たち、こんな暗いところにいちゃ、結婚できないぞ」
「独身者になっちゃだめよ」
 そう言って、少年たち一人ひとりに笑いかける。つかの間、和やかな空気が広がる。しかし最後に、ボンちゃんにだけは――。
「……がんばれよ」
「……がんばってね」
 肩に手を置き、なぜか励ますようにそう告げたのだった。
 それがボンちゃんの、十五年にも渡る、既婚帝國との闘いの始まりだった。

(完)





「えー、それでは六丁目ケヤキ公園の清掃は毎週土曜日に行うということで」
「ちょっと待ってください町内会長。あなた、本当にそんなことを毎週毎週ずっと続けるつもりなんですか?」
「まっ、またアンタか松さん! もうアンタの言うことには騙されな――」
「皆さん、いいですか! 過ぎたるは及ばざるがごとし、です!」
「あら松原さん。つまり毎週では多すぎるということザマスか?」
「はい、PTA会長。私が世界各地を放浪していた頃、こんな話を耳にしたことがあります。そもそも『過ぎたるは及ばざるがごとし』とは」
「松さん。アンタ掃除が嫌だからまたそうやって適当なことを」
「過ぎたるは及ばざるがごとしとは! かつてのローマ帝国においての悲劇的な出来事に由来する言葉なのです」
「嘘だ、そんなのは絶対嘘だっ、松さん!」
「嘘ではない。嘘ではないですよ町内会長。順を追ってお話ししましょう。それはまさに偉大なるローマ帝国が東西に分裂せんとしていた四世紀末のこと。首都コンスタンティノポリスに二人の将軍がおりました。共に名将と呼ばれていたスギタル、そしてオヨバザル」
「なるほど、見えてきたザマス。元は古代ローマのことわざだったザマスね」
「わ、私は知らんぞ、そんなローマ人など……」
「私たちが知らないことなど、この世界には山とありますよ町内会長。さて、二人の将はそれぞれ皇帝に命じられ、帝国東西の国境の守りに就きました。ローマ帝国の威光にも翳りが見えていた頃の話です。ゲルマンなど異民族の侵入も激化していたことでしょう。ある時、ブリタニアの国境で敵と対峙していたスギタルは皇帝に使いを出します。『異民族の勢力が日増しに強くなっている。かくなる上は偉大なるローマの全軍をもって世界中を転戦し、速やかにこれを制圧すべし。今こそ最後にして最大の作戦をたてるべきである』と」
「……うう」
「一方、ペルシアとの国境で防衛に当たっていたオヨバザルも、ほぼ同時に使いの者を走らせました。『異民族の攻撃は激化している。ここは全軍を退却させ、さらに帝国の内部で強固な防衛線を築いて敵を迎え撃つべし』とね」
「……ううう」
「二人の将からの献策に、時の皇帝テオドシウスI世は大いに悩みました。彼は知っていたのです。もはや帝国がかつての栄光を取り戻すことは難しいと。しかしこのまま異民族に蹂躙されるわけにはいかない。どちらの策に帝国の命運を託すべきか。長考に長考を重ねた末、彼はローマに残っていた正規軍を二つに分けた」
「……う、嘘だ、馬鹿な……嘘だ」
「一つの部隊はスギタルの元へ。『異民族どもをローマの地から綺麗に掃除せよ!』との命を受け、スギタルの策を実行するための兵でした。もう一つの部隊はオヨバザルの元へ。『彼の地の防衛線を死守せよ、一歩も動くことはならん!』との命を受け、オヨバザルの陣を維持するための兵でした」
「まさか、そのことがローマ帝国分裂の原因となったザマスか?」
「ええ、PTA会長。結果から言うと、どちらの将軍も失敗しました。『掃除』をやりすぎたスギタルはローマ帝国の疲弊を加速させ、またオヨバザルも自らの防衛線に固執しすぎ、他の場所から異民族の侵入を許してしまった。防衛線の内側で国は荒れてゆく。スギタルもオヨバザルも、結局は――」
「ううう、嘘だっ、冗談じゃない! そんな歴史など習ったことなどないぞ!」
「なぜあなたが習ったことが真実だと言い切れるのです町内会長! 現代を生きる誰もが、在りし日のローマの姿など見たことがないというのに!」
「だったら今の話だってたわごとじゃないのかっ、松さん!」
「もちろん、その可能性もないとは言えない。しかし私たちは、虚実入り乱れる歴史を分析することで、何か教訓を得ることはできるのです。いいですか、スギタルはやりすぎた! 全く掃除をやりすぎてしまったのです!」
「馬鹿なっ。それならアンタは、オヨバザルのように何もせず、公園を荒れさせていけというのか! 答えろ松さん! 歴史は私に何を語るというのだっ」
「フフ、それこそ『スギタルはオヨバザルがごとし』ですよ町内会長。ひと月に……いや、三か月に一度。三か月に一度の清掃で守っていきましょう。皆の大切な公園です。愛する気持ちは私も同じですよ」
「松さん……!」

「松原さん、お見事ザマス」
「町内会長が話のわかる方でよかったですよ。土曜日が毎週潰れてしまうのは、さすがに勘弁願いたいところでした」
「ちなみに松原さん……スギタルもオヨバザルも、ご冗談ザマスよね?」
「おや、PTA会長もお疑いでしたか」
「そ、そんな……。まさか、そんな馬鹿な話はないザマス」
「嘘だと思うのでしたらご自分で調べてごらんなさい





町内会の用事でお出かけします。
おやつは戸棚の中にあるスイッチを押すと出現する隠しダンジョンで12時間以内に12匹の邪竜を倒すと手に入る「おやつ引換券」を持って異次元世界の王のもとに赴けば3つの無理難題を押し付けられますので全て解決した上で戸棚の中のスイッチをもう一度押すと冷蔵庫の中にプリンが入っているので食べてください。
マーくんへ  ママより





【それっぽいもの】

飲みかけで捨てられたペットボトル
雨ざらしの錆びたドラム缶
川原でふやけたエロ雑誌
前輪のなくなった自転車
不法投棄されたままのライトバン
ひびの入った公団団地の壁
何年もそのままの捨て看板

電話ボックスに貼られた雑多なチラシ
バス停の退色したベンチ
立ち枯れた松の木
主のいなくなった農家のビニールハウス
塀向こうに覗く朽ちた卒塔婆
誰も撤去しない壊れた自動販売機
吹き溜まったタバコの吸殻
車に轢かれたカラスの死体
地下道の饐えたにおい
油の浮いた水溜り
電線に引っかかったビニール袋
ガードレールに立掛けられた花束

人通りのない黄昏時の通学路
夕日をさえぎる川向こうの高層マンション
昇る赤い満月
ナトリウム灯に照らされたアスファルトの路面
夜空に黒く浮かび上がる鉄塔
雑木林の奥の暗闇
見る者がなくても働き続ける信号機
深夜でも灯りのともる公園のトイレ
客のいないコンビニ
遠くで聞こえる救急車のサイレン
高空をゆくジェット機の信号灯
月明かりを受けるいわし雲
空を見上げているだけの自分





 小学校の卒業文集に載せる作文に「いつか世界を征服したいです」と書いたら書き直しを命じられ、中学校の進路調査で「第一希望:絶対的な支配者」と提出したら「真面目にやれ」と怒られた。
 高校の友達は冗談がわかる連中だったけど、ある日「私は世界征服をするよ」と言ったら「今どき世界征服かよ!」と本気で笑われた。
 大学に入って、世界征服をするにはどうすればいいのか、まず何を学べばいいのかを真剣に考え出した。他の皆が就職活動を真面目にやるように、私も大真面目に世界征服を企んだ。
 だが、八方ふさがりだった。どの教授も、世界を獲る方法など教えてくれなかった。それどころか、私はいつしか大学で鼻つまみ者になっていた。
 そんな時だった。大学の近くの公園で一人の老人に出会った。人工の小さな池を望むベンチに偶然座り合わせた彼は、突然ぽつりと言った。
「……水の中においては、魚は覇者かもしれん。しかしそれはやはり、水の中に限ってのことなのだね」
 私は老人を見た。
 よれよれの白衣に身を包んだ、小柄な、禿頭の老人だった。真っ白な顎鬚が異様に長く、まるで仙人のような印象を受けた。
 老人はじっと池を見詰めたまま、押し黙っている。今の言葉は独り言だったのだろうか。何か意味があるように思えたけど……。
「あの……」
 気になった私は声をかけずにはいられなかった。なぜだろう、心がざわつく。何かとてつもないことが始まりそうな、そんな予感がする。
 そしてその確証は、意外なほど早く訪れたのだった。
「文学部人文学科四回生、宇堂遥香くん」
 彼はゆっくりと、私に顔を向けた。私は視線に捕らわれる。その瞳には、老人とは思えない強い力があった。
「ウチの研究室で、やってみちゃう? 世界征服」
 私の心臓が、いま初めて鼓動を開始したように、ひとつ大きく高鳴った。





「さて問題です。1円玉10億枚と1万円札1万枚、もらって得なのはど〜っちだ」
「1万円札を1万枚」
「ブブー。1万円札1万枚は1億円だから、1円玉10億枚の方が――」
「1円玉なんか使いにくいだろうが! こっちは現実的な話をしてんだ!」
「げ、現……」





【 ビッグロボSONIC’ 第27話『勇者の仕事始め』 】

「やあやあ。あけましておめでとう、正一っち!」
「あっ博士。今年もよろしくおねがいします……って、ちょっと! なんで飲んじゃってるんですか! いま敵が来たらどうするんですか!」
「おっ。なんだい、やるってのかい小僧。あっははは!」
「……この人は地球の命運とかそういうのを自覚しているんだろうか」
「なぁ〜に、心配いらんよ。今ごろは敵だっておとそ気分でゴキゲンだろうさ。私にはわかる。おっと、そうだ正一くん。ビッグロボに新機能を付けておいたよ。まさにビッグなお年玉、ビッグ・ダマーだね!」
「なんですかそれ、完全にゼロフックじゃないですか。いや、だからそういう季節のイベントでロボを改造するのはやめてください。こないだだって無駄に煙突とか――」
「あーあ夢がない! ぜんっぜん夢がない! 未来を担う少年がそんな枯れちゃっててどうするのさ、正一くん!」
「誰かさんが現実見ないせいで僕が――」
 (( BEEEEP!! BEEEEEP!! )) ←警報
「あらららら?! あちゃー、まずいな。来ちゃったよ正一くん!」
「あららじゃないですよ博士! なにがおとそ気分ですか、敵のほうがよっぽどやる気ありますよ!」
「まあまあ。そうカッカしなさんな。一年の計は元旦にありと言ってだね」
「もういいです。その新機能とやらで戦ってきますから、使い方を教えてください」
「ああ、あれね……。実はね、もう使ってるんだよ」
「は?」
「今回ロボに搭載したのはね、初夢ユニットと言ってね――」

「……はっ?! あれっ。僕は今までなにを……」
「やあやあ。あけましておめでとう、正一っち!」
「あっ博士。今年もよろしくおねがいします……って、ちょっと! なんで飲んじゃってるんですか! いま敵が来たらどうするんですか!」

 +  +  +

 それまでシリーズ最高傑作と謳われていたテレビアニメ 『ザ・ビッグロボSONIC’』 は、元日に放映された27話(超展開)を境に、駄作への坂道を転がり落ちていくことになる。一説によると、この27話こそ、スポンサーサイドの強引な介入に対する現場スタッフの反乱であったらしいのだが……。
 今となっては知るよしもない。まあ特に知りたくもない。



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