#008 【disgate】 どうしてもあかない扉があって、押しても引いても叩いても、びくともしないのだった。千通りのあけかたを考え、試せることは全て試してみたつもりだが、一向にひらく気配はない。そのうち、どうして扉をあけようとしているのかわからなくなってしまった。ドアノブを握り締めるのをやめ、扉から離れてみると、これまで一体なにをしていたのだろうという巨大な空白感に囚われた。 見わたすと、同じような扉を前に足掻いている人たちがそこかしこにいるのだった。ばかなことをやっているなと、暗く愉快な思いがした。そして扉に背を向け、コートの襟で顔を隠して歩きだすと、その扉はもう永久にひらくことがなくなった。ドアノブを握っていた手がいまはやけに冷たく、ひりひりと痛んだが、それもじきに感じなくなるのだろう。最後に千と一通り目の方法を試すべきだったのだろうか。だが、扉はもう見えない。 「次は三択問題です。いいですね?」 「は、はい!」 「では行きますよ……問題! 『都庁より高いビルは全国にいくつある?』 『太陽から地球、地球から火星、遠いのはどっち?』 『たい焼きと今川焼き、先に生まれたのは?』 さあ、どれ!」 「あ、問題を選ぶのかー」 【台本どおり】 「……無理だ! 私にはツンデレキャラなんて無理だ!」 「ばかやろう! それでも役者か!」 「そうだよ理子さん、きみならできる。あきらめちゃだめだ」 「うるさいうるさい、みんな勝手なことばっかり! ほっといてよ!」 「あっ、理子さん、どこへ! モロゾフ(ニックネーム?)、きみが追いかけるんだ!」 「あ……ああ!」 「理子……」 「モロゾフ……私できないよ。ツンデレなんてできない」 「ああ。確かに、おまえには無理だったかもしれない」 「……っ! だったらどうして私を選んだのよ! ふざけないで――」 「勘違いするな。これまでのおまえには、だよ。今日の理子になら絶対できる。俺は信じてる」 「モロゾフ……ぐすっ、うわあああん!」 「よしよし」 (完成) またいつもの冗談かと思ったら、それはどうやら本物のようだった。 「ほら、これが『どくさいスイッチ』さ」 彼は手にしたものを陶然と眺めつつ言った。僕も知っている。ドラえもんのひみつ道具のうちでも、最もシリアスな部類の効果を発揮するものだ。 「……誰を、消すんだい?」 恐る恐る、僕は尋ねた。彼はニヤリと笑った。 「最初に消すやつは決まってるんだ。それは、」 そして彼は自分の名を告げスイッチを押し、かき消えてしまった。なんて独善的なやつなんだと思ったが、次の瞬間にはもう、彼のことは僕の記憶から消えていた。 僕は目の前に転がっていたヘンテコなスイッチを拾いあげた。 「これは……『どくさいスイッチ』だ」 腹の底から、熱いような冷たいような、えも言われぬ感情がこみ上げてくる。 僕が最初に消すやつは決まっている。 それは 。 これはほとんど誰にも知られてないことだけど、東京都M市に住む十七歳女子高校生・武藤四澄(よすみ)さんが放つ左ストレート、左正拳突き、飛び込み大キックキャンセル左パンチ、まあ呼び方はともかく、その武藤さんの左の拳による打撃は、ちょっとまずいことに、地球を真っぷたつに割ってしまうらしいのだ。 彼女がうっかり左手で地面を殴ろうものなら、僕やきみたちやその他大勢が住むこの地球が、容赦なくきれいに割れて破壊されてしまう。宇宙からその様子を見たら、まるでマンガだろう。むしろ笑えるぐらい見事な、冗談みたいなこの世の終わりだ。 さすがにそれはやばいだろうと、とある組織の超えらい人がボディーガードを派遣した。なにをガードするのかといえば、まずなにより地球そのものだ。武藤さんに殴られないように、僕は、地球を守らなければならない。 そして次に、武藤さん。武藤さんの左拳の秘密がバレたら、社会が彼女の存在を許しておくとは思えない。現に今、ごく少数の連中が気づき始めている。ぜったい、誰にも知られてはいけない。僕は、武藤さんを守らなければならない。 楽な任務ではない。しかもいつまで続ければいいのか、まったくわかっていない。そもそも武藤さんの地球割りが本当に本当のことなのか、それも確かめる術がない。地球を使って試し割りなんてできっこないから。 問題は山積みだ。現在の状況がいい方に転がることはない……と思っていた方が、まだ気が楽。 それにしたって、彼女の利き腕が左じゃなければ。そして、二人して「超必殺技研究会」なんていうわけのわからない部活に入れられてしまわなければ、僕の仕事はもうちょっとましなものになっていたに違いないのに。 だけど僕は、守らなければならない。地球を。そしてそこで暮らしている、かけがえのない武藤さん……四澄ちゃんのことを。 (つづく!) セルフサービスと言われたので、僕はその見たことのないセルフというものが運ばれてくるのをずっと楽しみにしているのだけれど、待っても待ってもなかなか来ないので、いったいどんなものなのか色々想像して楽しんでいますが、おそらく僕の予想を超えるものが現れるに違いない気がして、セルフに対する期待はますます膨れ上がるばかりです。 【 負うた子がフェイスクラッシャー 】 「とーちゃん。おもちゃ、うごかなくなっちゃった」 「なんだタクミ。どれ、見せてみろ。ああー、これは中の歯車がはずれちゃってるんだな。ほら、ここだ」 「はぐるま」 「そうだ、歯車だ。ほら、細かい歯車がいっぱいあるだろ。これらが回ることで、ここの大きな歯車が回るんだ。それでこのオモチャが動くわけなんだな」 「わー、かっこいー。たくみはね、このぎんいろのはぐるまがね、すき。これは、たくみのはぐるまにする」 「そうかそうか。うん。きれいな歯車だな」 「とーちゃんは、どのはぐるま?」 「えっ? そ、そうだな。とーちゃんは……この小さいやつかな」 「どれ? にたようなのが、いっぱいあるよ。あはは、しゃかいのしゅくずとは、よくいったものだねー」 「ははは、本当だな……って、タク……ミ?」 「だけどね、とーちゃん。それは、いちめんてきなみかただとおもうよ。はぐるまのうごきのれんけいに、ちゅうしんなんてないんだよ。はぐるまは、まわされているんじゃない。よってたかって、まわりあっているんだ。それをじかくしないと、とーちゃんはずっと、まわらされっぱなしだ」 「た、タクミ……おまえは一体」 「って、おもちゃのせつめいしょに、かいてあるよー」 「すげえオモチャだなー」 言ってしまえば私は、銃弾飛び交う戦場のど真ん中で午後のお茶会を開こうとしているようなものだった。いや、実際にその準備までしてしまっていたのだ。鼻歌をうたいながら呑気にレジャーシートを広げ、みんなが来るのを今か今かと楽しみにしていた。 だからもちろんお茶会には誰も訪れることはなく、私は自分の頭を撃ち抜かれてようやくここが戦場なのだと知った。 「……あ、いま気がついた!」 「なに?」 「枕草子って、全編ピロートーク?」 「し、知らないよ!」 「初めはただ人に笑ってもらえることが嬉しくて、笑ってもらえるように一生懸命努力する。そのうち、笑いというのはどのような意味を持つことなのか気になってくる。笑いを知るため、意味のほうを追いかけ始める。まったくもって、こんなのは、自分を見失った愚行だね」 彼の言葉に僕は納得がいかず、「どうしてさ」と眉根を寄せた。笑いを大元から解き明かせば、もっと面白いものがつくれそうじゃないか。 彼は僕の目を静かに見つめている。 「だって、笑いの根本にあるのは笑いじゃないからさ」 そう言って笑った彼の笑顔は、しかしどう見ても笑顔ではないのだった。 目立たなくていい 大声でなくていい 面白くありたい 肯定でありたい 力強くありたい 【株式会社アンドロギャラクシー商事 福利厚生部(1)】 「猫を3000匹、だと!?」 怒鳴ると同時に、部長は拳を机に叩きつけた。広いフロアは一瞬しんと静まりかえるが、すぐに「ああ、またか」と元の息吹を取りもどす。 俺も慣れっこだったので、なにくわぬ顔で言ってやった。 「はい、猫を3000匹です。4000匹だとちょっと多いので、3000匹ぐらいがちょうどいいと思います」 部長は拳をさすりながら、やつ当たるように俺の顔を睨んだ。いつも思うが、そんなに痛いなら叩かなきゃいいのに。 「……いくらおまえでも、もう少しマシなことを考えてくると思ったがな。猫だ? なにを考えとるんだ。だいたい普段から貴様はだな」 「部長、このビルでどれだけの社員が働いているかご存知ですか」 人生において、この男の小言に付き合うほど無駄なことはない。さっさと話を進める。 「あぁん? 我がアンドロギャラクシー商事の福利厚生部長として知らんわけがないだろう。2857人だ」 「そうです。2857人です。だから一人一匹プラスアルファで、3000匹です」 部長は首とアゴをにゅっと突き出し、薄い頭に「?」を浮かべている。なんて物わかりの悪いやつだ。 「だから、このオフィスで、ビルで、猫を飼うんですよ。3000匹!」 「だから、それがなんのためかと聞いとるんだ!」 「なんのため? 新年度の社内福利案を考えてこいと言ったのは部長でしょう。だから考えてきたんじゃないですか!」 「誰が冗談を考えてこいと言った!」 「俺は本気ですよ!」 「あー、もういい、もういい! 馬鹿らしい、付き合っとれんわ! 下がれ!」 ちくしょう。想像力のカケラもない無能め。ちらっとでも思い浮かべてみろってんだ。 この直線的で殺風景なオフィスビル、その至るところで、猫たちがおかまいなしに丸くなってるんだぜ? 和まないわけがないだろうが。どんなクレームの電話がきたって、そんな場所では殺気だてるわけがないんだ。 部長はもう眼前の俺に注意を払おうともせず、自分の仕事に没頭し始めている。 俺は本気で頭にきて失望して、ポケットに忍ばせたコスプレ用のネコミミを、そっと部長の頭に乗せてやったのだった。 呼ばれた気がして振りかえると、しかしそこには誰もいなかった。 ひとりごとを言っていたのだと気づくまでに、しばらくの時間が必要だった。 「僕は……」 そういえば、歩きながら、ずっとなにかを喋っていたようだった。内容はまるで覚えていない。きっと大した中身なんてなかったのだろう。足跡はうねりながら地平線の向こうまで続いていたが、だからそれも意味をなさない記号でしかなかった。 感じたことのない疲れが押しよせてきて、その場にへたりこんだ。我に返ることがなければ、ただ歩きつづけることもできただろう。何事もなかったように立ち上がろうか。だが無造作に足を投げ出してしまうと、もうその気力も失せてしまった。 背伸びしても届かないのでジャンプした。しかし届かないので踏み台を探しに行った。戻ってきたときには遥か雲の上にあった。僕は踏み台に腰かけ、見えなくなっても見上げ続けていた。 いったい、消しゴムの消しカスは燃えるゴミなのか。それとも、燃えないゴミなのか。 我々調査隊は答えを求め、今日も議論を繰り返していた。 「――だから昨日も言っただろう。どっちでもいいんだよ」 「む……ちょっと待ってくれ。もし消しゴムそのものを捨てるとしたら、私たちはどちらに捨てるべきだろう?」 「それは当然、燃えないゴミだろう。ゴムだものな」 「だったら消しカスだって」 「しかしだな。俺は小学生の頃、キン消しを教室のストーブの上で溶かして遊んでいたことがあった。あれはキレイに溶けてしまったぞ」 「いや……あれは実際、消しゴムじゃないから」 「しかもそれ、燃えたんじゃなくて溶けたんだろ。そもそも、そんなストーブが小学校の教室に置いてあったのなんて何年前だよ」 「いや、ほら、俺は雪の降るとこ出身だから、今でもそういうストーブが……」 「東京生まれ東京育ちがよく言うぜ」 「東京だって雪は降るだろ!」 「む……ちょっと待ってくれ。キン消し然り、いま私たちが消しゴムと呼んでいる物体、それは本当にゴムでできているのか?」 「え……っ?」 「なんだって?」 「む……ちょっと待ってくれ。キン消し然り、いま私たちが消しゴムと呼んでいる物体、それは本当にゴムでできているのか?」 「なんで繰り返すのさ」 「だっていま、なんだって? って聞いたじゃないか」 「それは質問ではなく感嘆詞だよ」 「ああそうか」 「やれやれ」 #008
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