#009


【いないいないばあ】

おばけなんてないさ、
おばけなんてウソさ。

そうさボウズ、そのとおりさ。
だけどなぁ、その出ねぇオバケを出してやるのがおいちゃんの仕事だ。

いるはずのねぇ幼なじみを隣に住まわせたり、
あるはずのねぇ美少女学園を創設してみたり、
天文学的な確立で一発逆転、ボウズに勝利を味わわせてやったり、
しまいにゃあ落ちてこねぇ巨大隕石を落としたりするのが仕事だ。

でもよ、それは無から有を生み出す仕事じゃねぇんだ。
決して宇宙の法則を乱すものじゃあねぇんだ。
わかるかい。

そいつらは、すでにあるものなんだ。
小麦からパン作るのとおんなじさ。
オバケってやつぁ、出せば出るのさ。
単純なことさ。

その単純なことを、笑顔で血ィ吐きながら続けるのがおいちゃんたちの仕事さ。
誰も彼も、簡単じゃねえよなあ。
なあ、ボウズ。
みんな一緒に心から笑いてぇだけなのになあ。





 日常に追われて溜まりに溜まった正体不明の鬱憤をはらすべく、僕たちは再びここにやってきた。お互い言葉を交わすこともない。誰もが口を真一文字に結び、拳を固め、じっと前を見据えている。見えないなにかを射殺すような目をしている。
 ふと、ひとりが拳を高くかかげた。岩のように固く握り締めたそれを打ち下ろす間もなく、天から一条の雷が彼に落ちた。彼は死んだ。なにを遺す間もなかった。
 僕らは彼を見ない。僕らはさらに力を込める。怒りが無尽蔵に沸いてくる。
 彼がいなくなっても、僕らの怒りの総量は少しも目減りしない。
 誰もが口を真一文字に結んでいる。じっと耐えるようにそのときを待つ。
 僕らはさらに力を込める。





揺れ動く
矛盾する
その振幅が力となる





【鬼教官(ハルヒ編)】

「……あしーた まーた あーうときー ふふーふふーふふーふふふーん」
「ククク、歌ってやがるな」
「う、うわっ! 誰ですかあなたは。勝手に人の部屋に入りこんで!」
「黙れ。そんなことはいい。いま歌ってただろう。例のアレだ、ハルヒのエンディング」
「え? い、いやぁ、まあその。MADを色々見てたら耳に残っちゃいまして……」
「それだけか?」
「は?」
「MAD映像のせいだけなのか」
「は……、そりゃ、曲自体も好きですけど」
「曲。曲ねぇ。それだけか?」
「ちょ、ちょっと。なにが言いたいんですか一体」
「好きなんだろ」
「……は」
「ハルヒという作品自体が好きなんだろ。もうずっと前から! 大好きだったんだろ!」
「なな、なに言ってるんですか! あんな非常識なくせにベタな物語なんて、別に僕は……! だいたい、原作だって二冊しか持ってないんですよ。ファンというわけでは」
「違うね! 認めちまえよ、悔しかったんだろ! 本当は読みたかったのに、これ以上原作を揃えちまったらまんまとハルヒの世界に取り込まれちまう。おまえはそれが悔しかったんだよ!」
「そんな……ことは」
「悔しいか。それはよし、あたりまえだ! おまえには逆立ちしたって書けやしねえんだからな! だが、だからこそ、その存在を無視すんな! 真っすぐ向きあってみろ! 否定できるならその上で丸ごと否定してみろ! 全存在を見つめてな! すなわちそれが肯定だ! 大好きなんだ!」
「……大好き、なのか。僕は」
「そうだ、言え! ハルヒ大好きだー!」
「は、ハルヒ……だいす……」
「ほら、逃げるな!」
「……ちっきしょう、ハルヒ大好きだー!」
「そうだいいぞ、大好きだー!」
「大好きだー! 読んでやる! ふざけんなー!」
「大好きだー!」
「大好きだーっ!」
「よーし、よし! 言えたじゃないか。今の気持ちを忘れるんじゃないぞ!」
「あ、ああ。もう逃げないぜ! ありがとう! ところで……あんた一体誰なんだ?」
「俺か? 涼宮ハルヒだ」
「か、帰れ、帰れ――っ!」





【鬼教官(撲殺天使編)】

「しあわせに、なるぞ――っ!」
「う、うわっ。ちょっと、なんですかあなたは、勝手に人の部屋に入りこんで!」
「黙れ。そんなことはいい。なに、ブログでの鬼教官シリーズが好評だったのでな。こっちに出張ってきたというわけだ」
「シリーズもなにも、昨日書いたのが初めてじゃないですか。しかも反響なんて特にありませんよ。ただ書きたかっただけじゃ――」
「いいんだよ! だいたいな、絶賛発売中の一体何割が本当に絶賛なんだよ! 1度でも模擬テストを受ければ我が校の出身者なんだよ!」
「なっなにを……言ってるんですか。やめてください、ほんとに」
「ふん、ビクビクしやがって。男ならもっと大きく構えろ」
「あっ、ゴキブリ」
「ひぁ、やあぁ、いやぁああああ!」
「それはそうと、あなた不法侵入じゃないですか。はやく出ていってくださいよ、ほら!」
「なんだと……この口か! そんなふざけたことを言うのは、この口か!」
「ひへへへへ! ひひゃい! へいはふを、へいはふをよいまふよ!」
「誰がピザなんか頼むか! いや、頼むんなら食うが」
「ひへ……いてえー。誰もそんなこと言ってないですよ!」
「なにぃ……。まあいい、ところでおまえ、いまなにを読んでいた」
「え、なにって、いいじゃないですか、なんだって」
「いいじゃん、隠すなよー。みーせーろーよー」
「なんでそんな急に小学校時代の友達っぽくなるんですか。まあ……いいですよほら、これですよ」
「撲殺天使……ドクロちゃん? ほほう、いわゆるラノベだな。ほーう……へえー」
「い、いいでしょうべつに。勝手でしょう、僕がなにを読んだって」
「うむ。よし」
「え、あっさり」
「あたりまえだ。よし、だ。ドクロちゃん、大いに結構。誰になんの負い目があろうか」
「いやあ、だけど、こういう萌えっぽいの、混んでる電車の中とかで読むと、やっぱり挿絵のページを飛ばしちゃうというか……えへへ、ちょっと恥ずかしいですよね」
「……この、ゴミクズが――っ!」
「え、えええー!」
「この、このいまいましい○○○書店のブックカバーなどこうしてやる! こうだ!」
「う、うわあ! やめてください、やめて! 外で読めなくなっちゃいます!」
「なら読むな! じゃあ聞くがな、おまえ、夏目漱石の『こころ』が、おまえの言う萌え絵な表紙&挿絵だったらどうする。どうするんだ、ああ!?
「どっ。どうって……」
「わざわざ周りの連中に『ボクは名作を読んでいますよ、ものすごい萌え絵の表紙だけど、漱石なんですよ』などと告げながら読むというのか! 貴様、なんのために本を読んでいる! ラノベを、ひいては書物全てを馬鹿にしてんのか!」
「そんな……僕は、僕だって、ラノベを書きたいと思ってて……」
「電車の中で読まれるのが恥ずかしいような話をか。貴様の書きたいというのは、そんなせせこましい、自らを恥じるような物語なのか!」
「そ、そんなことないですよ! ただその、絵が、恥ずかしいのであって。萌えっぽい絵が――」
「萌えだのなんだの、安っぽい言葉にとらわれてんじゃねえ!」
「なっ!?
「萌えのひとことで、十人十色、千差万別の感性に枠をはめるんじゃねえ! 萌えとはこういうもんだ? 誰がそんなことを決めた! 神か! 違うね! 萌えがこういうもんだと規定できるのは、萌え自身によってだけだ! どんな絵も、描かれてそこにあるだけだ! モナリザだって鳥獣戯画だってラスコー壁画だって萌え絵だ! おまえの萌え絵など、偶然それが女の子だっただけのことだ! 違うか!」
「え、違――え? え?」
「違わん!」
「違わ……ない?」
「違わん! 誰だって、おまえだって萌えキャラだ! 復唱!」
「ち……違わない。僕だって、萌えキャラ……」
「声が小さい!」
「ぼ、僕だって萌えキャラ!」
「おまえは萌えキャラだ!」
「僕は萌えキャラだー!」
「よーし、よし! わかったな! わかったら、明日から電車内で読むラノベにカバーかけるのは禁止だ! いいな!」
「あ……ああ、サー! たしかに僕はどうかしてた。ありがとう! ところで……ほんとに、あんたは一体何者なんだ?」
「俺か。俺は、サバトちゃんだ」
「く、来んな、二度と来んな――っ!」
[あの人ではなく]



#009

>index